なぜコンビニで待てなくなってしまったのか
皆さん、コンビニのレジはどれくらいの時間待てますか?
私は確実に前よりも待てなくなってしまったと感じています。
レジが二つあり、一つが埋まると、もう一方のレジに店員が入り、急かすように「こちらへどうぞ」と導かれます。
それに慣れてしまったせいか、レジが一つ空いているのに、店員が来ないと疑問に感じストレスになるのです。
別に急いでいる訳でもないですが、それが当たり前になってしまったため、仕事をちゃんとしていないのではないか?という疑問が芽生えます。
不思議です、以前はそんな気にしなかったので、、
また、ここ最近はキャッシュレスも進み、支払いに時間をかけないというスタイルが定着しつつあるかと思います。
スマホの画面を見せれば、
店員が勝手に読み取ってくれて、決済をしてくれる。
「〇〇Payでお願いします」という言葉もスルーされることが多く、言わなくてもいいんだ‥と最近思いました。
買い物で店員との会話は必要ないのです。
GUや大きなスーパーでは、無人レジがあり、コンビニでもファミマではよく見かけるようになってきました。今後も増えてくるかと思います。
買い物で会話のやりとりが必要ない時代となりました。(以前からも会話のやりとりはないのですが)さらに今後は、物理的にも人と接触せずとも買い物ができるようなっていくのでしょう。
さて‥いったい
便利になったのか?不便になったのか?
ここでコンビニに話を戻しますが。
確実に支払いについては、「便利になったな〜」と思うのですが、
支払いは時間がかからないもの、コンビニに入ったら商品を選んで、短時間で済ませられるという認識ができてしまったのも事実です。
それができないことに少なからずストレスを感じるのです。
便利さと引き換えに、それができないこと、少しの時間や、思い通りにいかないことがストレスになっていく。。
私は便利さは時間の余裕を生むと同時に、
心の余裕 を減らしてしまったのではないかと思っています。
外へ出て、人と接する場所では、少なからず周りのペースというものがあります。
電車を乗る時でも、階段を登る時でも、道を歩く時でも、前の人、横の人に自然にペースを合わせていくのです。
そうしないと、身体面で物理的な危険があったり、精神面で周りと違う行動をとることで不安を生んだりと、周りのペースを合わせないと自分自身が生きづらいのです。
今コンビニでは、自分のペースで買い物をするということが定着しつつあってきています。
小さなことかも知れませんが、便利さが進み、無駄なことが省かれて、自然と人はそれが当たり前となり、予定通りに進まないことに対して、小さなストレスを生んでいくのです。
この流れはコンビニだけでなく、どんどん進むでしょう。
便利の先に何があるのか?
便利さで、心の余裕を生まれたのか?
今一度、コンビニのレジを待つ自分と向き合いたいと思います。